2025年1月に開催した「タオのお話会vol.11」の前編の一部を、修正して書き下ろしたものです。
このお正月、新海誠監督の映画『すずめの戸締まり』を寝ながら二回見た。
ところどころに印象的なシーンやセリフがあって、つい見返してしまった。
公開からだいぶ経っているので、少しだけ内容に触れながらお話しすることにする。
少しネタバレもあるから、気になる方は読み飛ばしてほしい。
この映画の大きなテーマは地震だ。
東日本大震災を背景に、日本各地で起こりうる地震を防ぐため、「後ろ戸」を閉めて回る人たちの物語として描かれている。
地震が起きると、つい意味を探したくなったりしないかな?
「地球が怒っている」
「人類への警告だ」
「宇宙からの試練だ」
そんなふうに考えたくなることがある。
けれども、この映画は地震をそういうものとして描いていない。
日本列島の地下には巨大な力が眠っていて、その力には善悪も目的も意思もない。
ただ歪みが溜まり、限界を超えれば動く。
地震とは、その結果として起きる現象だ。
そこに余計な意味づけはない。
私はこの見方に、とてもタオ的なものを感じた。
タオ的な考えでは、まず物事をありのままに見ることを大切にする。
観念や解釈をできるだけ脇に置き、起きていることをシンプルに受け取る。
地震は地震。
風は風。
雨は雨。
ただそれだけ。
これは、からだの使い方にも通じている。
タオフローでは、後から身につけた余計な力みや思い込み、無意識の癖を少しずつ手放していく。
本来の自然な状態に戻っていく。
子どもがそうであるように、物事をシンプルに受け取れるようになっていく。
すると不思議なことに、難しく見えていたことが驚くほど簡単になる。
人生を複雑にしているのは、起きている出来事そのものではなく、その出来事に対して私たちが後から付け加えている意味づけなのだと思う。
つづく...
後編は「避けて通れない親子関係のはなし」
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