2024年に、オンラインで開催したタオのお話会 7回目の内容を書き下ろしたものです。
今日のテーマはリクエストをいただいたもので、「パートナー・親友が欲しいとき、タオ的にどう考えたらいいのか」というもの。
いただいたメッセージを紹介させていただこう。
「私には親友がいません。我が強いのか、マイペースすぎるのか、警戒心が強すぎるのか……自分にそういう特質があることは感じています。原因は分かりませんが、自分に理由があることは分かっています。寂しいなと思うことがあります。こういうのはタオ的にはどう考えるといいのでしょうか。まずは自分の内側と向き合うことが大切かなと思っています。」
「まずは自分の内側と向き合うことが大切かな」というその感覚は、まさにその通りだと思う。
問題は、「寂しい」と感じること
我が強いこと、マイペースすぎること、警戒心が強すぎること、これらは問題ではないと思う。
この方の性格であり、特質だ。
問題は、「寂しいな」と感じることだ。
寂しいという虚しさ?苦しさ?を感じていることだ。
実現を妨げるもの
「無為自然」の世界観を通して考えるなら、願望はこざかしいことをしなければ自然と叶うもの。
叶えようと不自然なことをするから、なかなか現実として出現しない。
この場合の「不自然なこと」とは、例えば「原因について考える思考」や「それに伴って持ち続けている感情」だ。
「親友がいないのは我が強いからかな」「マイペースすぎるからかな」「警戒心が強すぎるからかな」と考えても、原因は分からない。
この思考のループ自体が、願望の実現を妨げる抵抗になっているよう感じる。
抵抗を手放すには
その抵抗を取り除くにはどうしたらいいのか。
答えはシンプルだ。
楽しいこと、嬉しいこと、心地いいと思うこと、幸せを感じている事柄や出来事に、ひたすらフォーカスすること。
小さな子どものように。
小さな子どもはたくさんの願望を持っている。あれが欲しい、これが欲しい、あそこに連れていってほしい。
それでも目の前のことに集中して、うひゃうひゃと楽しく遊んでいる。
子どもは先生だ。
「今日の晩ごはんが美味しかったな」でいい。「コーヒーが美味しいな」それでいい。 本当にそういう些細なことでいい。
そういう心持ちが、願望の実現へと自分を運んでくれる。
心地よさの中で待つ
行動主義ではない。 もちろん行動はする。
でも行動しようとして行動するのではなくて、まず心地よいことをする。
その心地よさの中にいた時に浮かんできた直感を捕まえて行動する。
一生懸命努力して、親友を探す、作るのではない。
親友ができる道が、自分を見つけてくれるのを心地よさの中で待つ。
心地よさを感じる自分なりのリストを用意しておくといいと思う。
ものすごく些細なことでいい。お風呂に入るとか、散歩するとか、いい景色を見るとか。
心が重たいなと感じる時は、そのリストの中から一つ選んで、「今これをやろう」と決めてやる。
分析しなくていい
なぜ親友ができないのだろう。
なぜ寂しいのだろう。
なぜ我が強いのだろう。
なぜ警戒心が強いのだろう。
そうやって上流へ上流へと遡っていく。
けれど水はそうしない。
水はただ流れる。
流れながら海へ向かう。
幼子もそうだ。
なぜ楽しいのかを考えない。
なぜ嬉しいのかも考えない。
ただ笑う。
ただ遊ぶ。
ただ眠る。
ただ今いるところを生きる。
分析は少し騒がしい。
騒がしくしなければ
課題はいつの間にか消えている。
どっちが好みか
原因を探ってから、解決に向かいたいというのがお好みであれば、それも良し。
それを探るよりも、まっすぐに「親友が欲しい」「パートナーが欲しい」という目的地に向かって行きたいのであれば、ただ心地よさの中にいればいい。
どっちが正しい、どっちが間違いということではない。
白黒つける必要はない。
ただ、自分はどっちを選んで生きるか。
それだけだ。
あなたはどう思う?
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