第4話 本当の恐れ——握っていた手を開く

失う恐怖、とは何だろう?

仕事とお金を失う恐怖。地位を失う恐怖。信頼を失う恐怖。でも僕はあの時、もう少し深いところにある恐れに気づいた。


「自分が握っていたものが、本当に必要なものではなかったかもしれない。」


これこそが、本当の恐れではないか。

失うことは、外側の出来事だ。でもこの感覚は、僕の内側を直撃した。

それを認めた瞬間、今まで費やしてきた時間、込めてきた情熱、奮闘してきた理由、関わってくれた方々とのかけがえのない日々、今まで積み上げてきた全てが崩れた。

だから人は、形が壊れそうになると全力で守ろうとするんだ。

形を守ることと志を生きることの区別が、もはやつかなくなっているとしても。


僕の場合、反撃の手段は完全に失われていた。守ろうにも、守れなかった。

その無力さが、逆に僕を自由にした。

握っていた手が、強制的に開かれた。そして手を放した時、初めて見えたものがあった。

形がなくなっても、志はここにある。

事業という手段が失われても、問いは消えていない。

僕が二十年以上抱えてきた問いは、形の中にあったのではなかった。僕自身の内側にあった。その問いこそが志だ。それは失われていなかった。


手放すとは、失うことではない。

握っていた手を開いた時、初めて見えるものがある。

あの出来事は、僕にそれを教えた。意志でも修行でもなく、状況が、強制的にそうしてくれた。


次回——内側へ向かった後の歩みと、変容が始まった人たちが教えてくれたことについて。