第3話 土壌 - 僕を支えていたもの

あの時の状況は、意志で乗り越えられたのではない。

あの静けさは、おそらくすでに僕の中に耕されていた土壌から来ていた。


あえて言うとしたら、ひとつはディープエコロジーだったと思う。

すべては繋がっているという考え方だ。人間は自然の一部であり、自然の流れに逆らうことは、自分自身に逆らうことだ。

この感覚は、環境の仕事を通じて僕の中に深く根を張っていた。

流れに逆らえない状況に置かれた時、おそらくその根が僕を支えた。


もうひとつは、タオヨガだった。その当時は健康のための日課としてやっていた。そのおかげで僕は正気を保てたんだと思う。

水のように生きるということ。柔らかいものが、かたいものを超えていくということ。

老子の言葉は、頭で理解するものではなく、身体で理解し暮らしで実践するものだと、ヨガのマットの上で少しずつわかっていった。

完全に手が届かない状況が、逆に僕を解放した。

形を維持できなくなった状況が、形への執着を消した。


土壌とは、危機が訪れた時に初めてその深さがわかるものだと思う。

穏やかな日常では気づかない。嵐が来た時に、根がどこまで張っていたかがわかる。

あの出来事は、嵐だった。

そして僕の根は、想像以上に深いところまで届いていたのだと思う。


次回——内側へ向かった後の歩みについて。