28年前の旅から始まる物語 最終話

本稿を書いてからさらに年月が流れ、2025年の視点から補足しておきたい点がある

 

● 森林破壊の現状

ボルネオ島では、2000年代以降、国際的な批判や規制の強化、認証制度(FSC、RSPOなど)の導入によって、無秩序な伐採やプランテーション開発は一部で抑制されてきた。しかしその一方で、依然として違法伐採や、保護の名目をすり抜けた森林転換が続いている地域もある。森林減少のスピードは鈍化したものの、「回復した」と言える状況には至っていない。

 

● パームオイルをめぐる変化

パームオイルは今も世界で最も多く使われる植物油脂であり、私たちの生活に深く浸透している。近年は「持続可能なパームオイル」をうたう商品も増えたが、その認証が必ずしも現地の生態系や労働者の権利を十分に守っているとは限らない、という指摘もある。また、"パームオイル"の食品成分表示が、"植物性油脂"に変更され、問題を覆い隠すような動きも見られる。消費者の選択が改善を促す力になる一方で、問題が完全に解決されたわけではない。

 

● 先住民をめぐる状況**

● 先住民をめぐる状況

先住民の土地権や文化を尊重するという考え方は、国際社会では以前よりも明確に共有されるようになった。しかし現場では、経済開発と伝統的な暮らしの間で揺れ動く人びとの葛藤が続いているという。教育や医療へのアクセスが改善された一方で、言語や価値観、自然との関係性が急速に失われつつあるという声も、今なお聞かれる。

 

 

私たちに残された問い

2025年の今、この文章を読み返して僕があらためて感じるのは、「持つこと」そのものが問題なのではなく、「手放せなくなった心のあり方」こそが、私たちを苦しめているのではないか、ということだ。

物質的にも豊かさを受け取ることは、決して否定されるべきものではないだろう。

ただ、それらがいつの間にか私たちの心を縛り、守るために争い、失うことを恐れるようになったとき、自然界や大いなる自分との分離が始まる。

 

プナンの長老の言葉は、「何も持つな」という教えではなく、「持つことに心を奪われるな」という静かな呼びかけだったのだと、今は感じている。巡りへと移っていくことだ。

森の木々が、次の季節に向かって葉を落とすように、執着を手放し次の巡りを待つ。今日一日、暮らしの中で、「手放しても大丈夫なもの」を思い浮かべてみよう。手放すことは、失うこととは違う。諦めることとも違う。執着をなくすことだ。

本当に大切なものは何も失わずに、心は軽やかに、真に豊かな次なる巡りへと移っていくことだ。