村の長老からのメッセージ
先住民であるプナン族の村を訪れて、いくつか強く印象に残ったことがあった。
その一つが、彼らの言語には、日本語の「ありがとう」に相当する直接的な感謝表現が存在しないということだ。
現地にいる間、感謝の気持ちを伝えたくても通訳してもらえず、もどかしさを感じていた。その理由は帰国後に知ることとなる。
プナンの人びとにとって、他者のために何かをすることは特別な行為ではなく、共同体の中で当然の営みだ。そのため、感謝を言葉として示す必要がないのだ。
テレビも車もなく、華やかな衣服もない村だが、そこには僕らの社会ではなかなか見られない、屈託のない笑顔と自然との深い一体感があった。
一方で、多くのプナンの村では、政府による定住化政策や近代教育が進められていた。
学校では「モラル教育」と称して、森を出て畑を作ること、家を建てて定住すること、人前では服を着ることなど、定住型社会の価値観が教えられているという。
その結果、子どもたちは「より多くを所有すること」に価値を見いだすようになっていく。先進国民が辿ってきた道だ。
こうした教育施設の一部は、「途上国支援」の名のもと、私たちの国からの援助によって建てられていた。
村を離れる最後の日、病床に伏していた長老にお会いすることができた。長老は、静かな声でこう語ってくれた。
「森は、食べ物も薬も、たくさんの恵みを与えてくれた。だから私たちも、あなたたちと惜しみなく分かち合ってきた。でも、もう終わりだ。残っているのは子どもたちの分だからだ。それは、あなたたちの子どもたちの分でもある。森は、私たちの命そのものだ。これ以上、奪わないでほしい。これ以上、子どもたちの心を奪わないでほしい。私たちは、何も持たなくても、十分に幸せに生きている」



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